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正平調
2011/05/29
「雨ニモマケズ/風ニモマケズ/津波ニモマケズ…」。宮沢賢治の元の詩には「津波ニモ」のくだりはないが、東北の人たちが大震災という厳しい試練に耐える姿を見ているとそんな言葉を加えたくなる。岩手県生まれの詩人の作品はいま、復旧・復興への応援歌のように響く◆ところで、賢治の詩碑が実際に、津波にも負けずに残っている。岩手県田野畑村の沿岸部にある三陸鉄道島越(しまのこし)駅前の詩碑で、賢治が三陸を訪れたときに作った「発動機船」の一部が刻まれている◆青い屋根と白い壁の駅舎は、賢治の童話に出てくる火山島の名にちなんで「カルボナード島越駅」の愛称があった。津波で駅舎は跡形もなくなり、周辺も壊滅的な被害を受けたが、詩碑だけが無事だった◆農業を指導した賢治は天候を心配し災害を憂えていた。意外なことに作品では地震や津波にあまり触れていないが、その生涯と地震・津波は不思議なつながりがある◆生まれる約2カ月前の1896年6月、死者2万人以上を出した明治三陸地震津波が起きた。1933年3月には昭和三陸地震が東北地方を襲い、その半年後に賢治は37歳で亡くなる。大災害に挟まれた短い一生だった◆故郷を愛した賢治は、自然豊かな岩手県を「イーハトーブ」と呼んで、心の中の理想郷として作品に描いた。そうした魅力ある東北が輝きを取り戻すことを願いたい。それこそ、地震にも津波にも負けずに。

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