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あぶくま抄(5月27日) 
 「未曽有の大震災」という表現をよく耳にするが、日本列島の大地には大災害の傷跡がいくつも残る。数百年単位の周期で浜通りを襲った大地震・大津波を振り返る特設展が、福島県のいわき市暮らしの伝承郷で始まった。

 いわき市史によると、最も古い記録は奈良時代、869年の貞観大地震だ。現在の勿来地区周辺を指す「陸奥国境」の被害が特に甚大だったとされる。江戸時代の弘化4(1874)年には小名浜に大津波が押し寄せた。多数の漁船が壊れ、約800人が水死した。
 天災は地震ばかりではない。三大飢饉[ききん]の一つ天明の飢饉(1782~87年)は浅間山の噴火がもたらした。「放出」された火山灰が拡散し、作物が育たなくなったという。中でも遠く離れた南東北で被害が大きく、多くの餓死者を出した。食料供給地が被災し、江戸が困ったという構図は現在の状況と似ている。

 飢饉で名采配を振るったのが小名浜代官の蔭山外記だった。年貢徴収を停止し、困窮した村に備蓄米を回す。富裕層からは献金を得た。松の皮や竹の実などの食べ方を普及させた。先人は英知を結集して危機を乗り越えた。21世紀を生きる私たちにできないはずはない。

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2011.05.27 Fri l メディアリテラシー l top
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