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 街角のツツジやフジが目に楽しい。フレッシュマンたちは職場や学校になじんできたころだろうか
▼高校に入学した三十数年前の今ごろを思い出す。迫力満点の先輩に「どうすんだ」と迫られて、経験もないのに柔道部に入ってしまった小心者である
▼初めのうちは受け身ばかり練習させられた。芋虫のようにひたすら転がっては畳を思い切りたたく。「しっかりできないと、けがするぞっ」と、例の先輩が横でにらみを利かす。手が真っ赤に腫れて痛かった
▼疲れ果てて家に帰ると、英語の勉強を兼ねて洋楽を聴きあさっていた。お気に入りはポール・サイモンのアルバム「ひとりごと」だった。その中に「落ちることを学びなさい」という変わったタイトルの曲がある。〈飛び方を学ぶ前に、落ち方を学ばなくては…〉と歌い出すその曲は、投げ方を学ぶ前に投げられ方を学んでいるわが身に通じるような気がした
▼「飛び方」は華やかな成功や躍進、「落ち方」は挫折や苦境を表しているようでもある。良いときばかりじゃない。逆風を想定し対処法を身に付けておけ、と。そしてこう繰り返しながら曲は終わる。〈みんなが栄光に向かって突っ走る。立ち止まって計画を精査する者は誰もいない〉
▼便利だが一つ間違うと、とてつもなく危険な物。落ちることなどきっとない、落ちても安全策は講じられていると過信していたことが悲劇を招いた。落ち方を学んでこなかった私たちの生活にも黄信号がともる。立ち止まり足元を見つめ直さねばならない夏は、目の前に迫っている。
新潟日報2011年5月22日
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2011.05.22 Sun l メディアリテラシー l top
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