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http://www.at-s.com/news/detail/100029340.html

5月19日(木)(5/19 07:25)

 「避難すればいいでしょう、安全な所を探しましたよではないんです。私たちには牛もあり、畑もあり、年老いた家族もあり、子どもの教育もどうすればいいのか、みんな悩みながら、心が張り裂けそうな中で、今どこに住宅を構えようかということをしている。そこをなぜ分からないのですかということなんです」

▼原発事故による放射性物質の汚染で、計画的避難区域に指定された福島県飯舘村の菅野典雄村長は、避難が始まる前、インタビューに答えていた。しゃくし定規にやるのではなく、地元の人たちの知恵と情熱とやる気をうまく使って、難局を乗り切っていくのが正しいやり方だろう、とも言う

▼大震災から70日。被災地の大量のがれき処理は進んでいない。生活をどうやって取り戻すのか。現状は「復興」とは程遠い。一方で、政界や有識者の間では、さまざまな復興案が議論されている

▼最先端のエコタウン、道州制につなげる思い切った市町村合併、公共の精神を養う教育…。有識者からは「改革」の言葉が躍るが、被災地の現実とかけ離れている気がしてならない

▼築いてきた暮らしを断ち切り、リセットするような復興案を被災した人々が望んでいるのか。飯舘村に至っては「村の再生」の視点が欠けているということだろう。線引きをして危険だから立ち退けと言うだけでは、「心がない」と言われるのもうなずける

▼「までいライフ(飯舘流スローライフ)を進めて7年目に入って仕上げをしようという時に原発被害に遭って、とても残念です。だからといって諦めない、また必ずやこの続きを夢見て避難するしかないのかなということです」。菅野村長の言葉に再生を信じたい。

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2011.05.19 Thu l メディアリテラシー l top
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