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http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m05/fudo110518.htm

風 土 計

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2011.5.18

 戦前の内務相といえば副首相格。後藤新平は、寺内正毅内閣で内務相兼鉄道院総裁を務めた後、東京市長に就いた。1920(大正9)年、63歳の時だ

▼人口約200万人。急速に拡大する日本の中枢とはいえ、当時の東京府に属する一つの市の首長だ。政界に限らず、組織その他でポストの上下にこだわる種類の人間には理解し難い達観は、後藤の人格をしのばせる大きな要素だ

▼次は首相-との声すら上がっていた時期、なぜ東京市長を引き受けたのか。当時の首相は原敬。同郷の、しかも政治家としてライバルとも言える後藤の処遇に思惑が働いたとみるのは今風だが、そんな下世話な話ではあるまい

▼台湾や満鉄での経験を踏まえ、後藤が市長としてやろうとしていたことを、原が保証していたという説がある。原は直後に暗殺されたが、後藤の構想は、再び内務相として関わることになる関東大震災からの復興に生きたに違いない

▼「ためにする」とは下心を腹に秘めて物事に当たること。後藤は仕事の中身にはこだわっても、役職には無頓着だったろう。その人生を概観すれば、今もって多くの人が憧れる人物と知れる

▼国会は終盤を迎え、与野党の対立が激化している。双方が世論の支持を気にしつつ前に進まない政治。「ためにする」雑念を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ-だ。

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