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 【編集日記】(5月18日付)

 1923(大正12)年の関東大震災では文化施設も大きな被害を受けた。東京大の図書館も全焼したが、復興のため奔走したのが当時、米エール大の教壇に立っていた二本松市出身の朝河貫一だった▼朝河は県尋常中(現安積高)の卒業。旧制安積中(同)を出た阿部善雄元東大教授は、歴史学者として多くの業績を残した朝河の生涯を「最後の日本人」(岩波書店)と題して出版。ここで東大図書館への朝河の貢献ぶりに触れている▼朝河は2回目の帰国の際に東大に留学。その時に利用した図書館の被災を知るや米国議会図書館などに援助を働き掛け寄贈を実現させた。また米国で学ぶ日本人学生が困窮しないようにとの心遣いも見せたという▼朝河関係の資料は県立図書館に保管されている。朝河は米国の友人とともに、米大統領ルーズベルトに対し昭和天皇へ開戦防止の親書を送るよう働き掛けたが、朝河がタイプ打ちした親書の草案原文もその一つ▼東日本大震災では県立図書館も大きな被害を出した。図書の貸し出しなどサービスの完全復旧は年を越す見通しだが、朝河関係などの保管資料は幸いにも無事だったという▼「歴史学の巨人」は客観的情報を鋭く分析し、日独伊3国の敗北も予測した。もし朝河が生きていれば、情報開示を含め国や東電の原発事故対策をどう評価したのだろう。
 
  福島民友新聞
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2011.05.18 Wed l メディアリテラシー l top
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