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http://www.chunichi.co.jp/article/column/desk/CK2011051402000012.html

【編集局デスク】
原子力たそがれ
2011年5月14日

 「むかし豪傑といふものがゐた/彼は書物を読み/嘘(うそ)をつかず/みなりを気にせず/技をみがくために飯を食はなかった/うしろ指をさされると腹を切った」(中野重治「豪傑」)

 中部電力浜岡原子力発電所の4号機が停止した。菅直人首相は自らの要請が通って、豪傑気取りかもしれない。

 それにしても、東京電力福島第一原発の何ともろかったことか。安全対策でこれほど隙間だらけとは思ってもいなかった。

 ヒロシマ、ナガサキの悲惨な原爆体験を有する日本は、もっともっと原子力に神経質になっていてよかったのに。

 技術立国というならより安全面に工夫を凝らしたかった。しかしながら、近ごろの地球温暖化対策は格好の原子力発電促進効果となった。

 二酸化炭素(CO2)対策で「原子力ルネサンス」という風潮さえ生まれた。

 だが、むしろ風力や太陽光など再生可能エネルギーの方が地球温暖化対策にふさわしいのではないか。

 論語にこんな言葉がある。「うまれついてわかっているのが最上である。学ぶことによって理解することは、その次だ。行きづまって理解するものはその次であり、行きづまっても学ばないのは最低だ」(齋藤孝訳現代語訳「論語」)

 あえていうと、東海地方の住民にとって浜岡よりも十数基の原発が立ち並ぶ福井の若狭湾沿岸の方が怖い。こうした近くの原発を怖がる心境はそれぞれの原発に近いところに住む人々に共通だろう。

 菅首相は浜岡以外の原発について「見直す考えはない」と明言した。

 これだけ行きづまり、各国から後ろ指をさされているのに、何もしないのは最低だし、とても豪傑とは呼べないし、呼んでもいけない。今日の原子力たそがれ時代に。

 (名古屋本社編集局長・志村 清一)

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2011.05.15 Sun l メディアリテラシー l top
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