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あぶくま抄(5月8日) 
 「ただいま!」。元気な声が響く。「お帰り!」。負けないくらいに大きな声がおじいちゃんやおばあちゃんから掛かる。伊達市の避難所となっている梁川体育館に、小学生が下校してきた。
 迎えたおじいちゃんらは家族ではない。南相馬市などから避難してきた知らない同士だった。一緒に暮らすうち、家族同様の付き合いになった。若い夫婦でさえ「仕切り板程度なら要らない」と言う。かえって仕切り板があると顔が見えず不安とも話した。120人余りが昔から知り合いのようなコミュニティーをつくりあげている。
 戦時中の歌に「隣組」がある。♪何軒あろうと一所帯 こころは一つの屋根の月-。みそやしょうゆの貸し借り、子育ての知恵を教え合うなど、戦前では当たり前の近所付き合いだった。未曽有の震災や原発事故によって、何十年も前と同じ状況が生まれている。
 震災直後、断水が続いた。伊達市内では井戸水を使っている家々が、周囲に「自由に使って」と呼び掛けた。各地で給水車に長い列ができる中、近くで水が手に入るのは何よりもありがたい。震災は甚大な被害をもたらしたが、一方で助け合いを見直すきっかけもつくった。

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2011.05.08 Sun l メディアリテラシー l top
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