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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110503_01.htm

河北春秋 小説家の井上ひさしさんが亡くなって1年余。娘の麻矢さんが「父の作品の普遍的なテーマは平和なんです。晩年、父は<平和>を<日常>に置き換えていました」と語っている▼平和とは穏やかな日常、当たり前の日々の暮らし、平凡な毎日こそ貴重なのだ―。そんな井上さんのメッセージだ。けれども、被災した私たちにとって、以前の<日常>はなお遠くにある

▼あれから2カ月近いのに、13万人近くが避難所暮らしに疲れ切っている。津波で流出した食品などの腐敗臭が耐え難い被災地もある。これから梅雨、そして夏、衛生環境はさらに悪くなる恐れもある▼東北の風土とそこに暮らす人々に深い愛着を抱いていた井上さんである。『イーハトーボの劇列車』や『吉里吉里人』など、東北を舞台にした作品にあふれていたのはふるさとをユートピアに、という思いだ

▼憲法学者の樋口陽一さんとの対談で井上さんは「個人の尊厳」を「人間一人一人の存在そのものをかけがえのないものと考える」と表現したことがある。個人の尊厳は、日本国憲法を通底する最大の原理だ▼きょう、憲法記念日。戦後、私たちは憲法に照らして社会の現実を見るという明快な視点を手にしている。井上さんが存命ならば、被災地の現状を見て、どんな言葉で何を語っただろう。

2011年05月03日火曜日
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