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 宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」が震災後に共感を広げている。賢治は盛岡高等農林(現岩手大)で地質学を研究した科学者でもある。1896年に生まれ、1933年に病死した。明治と昭和の三陸大津波は、賢治の生と死の年に起きた
▼飢える農民や漁民を見て育った賢治は、人と自然の共生や貧困を生涯のテーマにする。「3・11」後、賢治の詩を俳優の渡辺謙さんが動画サイトで朗読し、香港の映画スターは支援活動で歌った。ワシントンの聖堂でも、祈りとともに賢治の詩がささげられた
▼「ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ」。「雨ニモマケズ」の中の「涙」と「オロオロ」。これこそ市民科学者の出発点と考えた人がいる。反原発運動を支え、2000年に亡くなった高木仁三さんだ
▼東京大で原子力を学び、原子力開発の研究所に勤めた。だが、底なしの危険性を察し、原子力資料情報室を設立し、地震や津波による冷却系事故の可能性を早くから指摘していた
▼災難では、泣いてオロオロする。「人間の顔をした科学」とは、人の弱さを受け入れ、学問の思い上がりを絶つことから始まると訴えた。「われわれはどんな方法でわれわれに必要な科学をわれわれのものにできるか」。賢治が発したこの言葉を高木さんは問い続けた
▼福島第1原発の現場では、多くの技術者が汗と涙を流し、オロオロし、懸命に対処している。原子力は「われわれに必要な科学」か? その疑問は、まず炉の安定を確保し、じっくりと議論しなければならない。
新潟日報2011年4月26日
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