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 先生が聞いた。「何が一番ほしいの」。まみこさんは「かっぱずぼんだ」といった。あつこさんが「手ぶくろと、かっぱずぼんがほしい」といった。わたしは思った。(ふくももらったし、本ももらったし)ほんとは、おかあさんが一番だけど、わたしは「手ぶくろだ」といった
▼44年前、羽越水害で母を亡くした胎内市の当時小学3年の少女が、支援物資をもらったときに書いた詩だ。2歳の妹を背負ったまま、最愛の母が山津波にのみ込まれた。消防団員だった父は目の前の母を救い出そうとしたが、仲間に止められた
▼羽越水害は集中豪雨が引き金となり、甚大な被害をもたらした。特に多数の死者と行方不明者を出したのが、堤防が決壊した荒川である。支流部で起きた山津波が一瞬にして人々の暮らしを奪い去った
▼東日本大震災の映像を見る度に冒頭の詩が脳裏に浮かんでくる。知り合いの地元紙記者からは「被災地から届く写真はまるで地獄絵のようだ」とメールが届いた。家族や友人を亡くし、家も失った。ふるさとの姿も一変した
▼詩を書いた少女はその後、苦労しながらも理容師となって首都圏で幸せに暮らす。「あれだけ悲惨なことを経験したから、何でも我慢することができた」。父と母が眠る墓の前で半生を振り返ったのは4年前のことだ
▼「記憶は薄れるけど、心の中には家族の姿をずっと残しておきたい」。笑顔でそう話した言葉が忘れられない。悲しみが癒えるには長い年月がかかる。だけど信じたい。いつか東北に本当の笑顔が戻ることを。
新潟日報2011年4月23日
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2011.04.23 Sat l メディアリテラシー l top
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