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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110423_01.htm

河北春秋 江戸時代、天変地異を伝えるメディアは専ら瓦版だった。7千人以上が死亡したと推定される1855年の「安政江戸地震」でも、地震を扱った瓦版が大量に発行された▼人気を呼んだのが地震の元凶とされた鯰(なまず)を懲らしめる「鯰絵」。庶民が素手や棒で巨大鯰に立ち向かう場面が、生き生きと描かれている。悲惨な体験を笑いに昇華する江戸っ子かたぎである

 ▼なになに、現代の気仙沼っ子も負けていない。避難所の一つ、気仙沼小で過ごす子どもたちが作る壁新聞はその名も「ファイト新聞」。ともすれば暗くなりがちな避難生活をペンで奮い立たせる▼避難所に電気が通じれば「電気ふっ活」の見出しが躍る。育ち盛りだもの「カレーおいしかった」「牛丼とうじょう」は当然。フェルトペンで手書きされた記事が小さな喜びを伝える

 ▼プロ顔負けの編集会議だって、ちゃんとある。でも、大きさはB4判だったりA4判だったり。このあたりの手作り感が、受け手との距離を縮める。張り出すと、すぐに大人たちの輪ができる▼避難生活が長期化している。余震もなお続く。それでも避難所の人間模様を活写して、子どもたちの名文は日に日にさえわたる。紙齢は22日付で36号を数えた。鯰もいずれ降参するに違いない。さて、きょうのトップ記事は何だろう。

2011年04月23日土曜日
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