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http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m04/fudo110423.htm

風 土 計

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2011.4.23

 砂浜が美しかった普代村の景勝地、普代浜から砂浜が消えていた。クロマツの林はなぎ倒され、折れ口が無残な姿をさらしている

▼警察統計では死者ゼロの同村だが、実は村民7人が野田村で被災し、犠牲になっている。漁船は600隻のうち500隻が失われるなど漁業被害は甚大で、被害総額は36億円余りに上る

▼だが、村中心部や集落地に被害は及ばなかった。普代浜に注ぐ普代川河口から300メートルほど上流に造られた高さ15・5メートル、幅205メートルの普代水門と太田名部防潮堤が、巨大津波から村をしっかりと守ってくれたおかげだ

▼普代水門は12年の歳月と総工費35億円をかけて1984年に完成した。計画当時はその高さに国や県から驚かれたが、同村は明治三陸大津波で15メートルの波に襲われ、2千人近い死者・行方不明者を出しており、当時の和村幸得村長が、がんとして譲らなかったという

▼計画当初は村内にも賛否があり、土地収用も行った。担当者として用地取得などに奔走した深渡宏村長は「何よりも当時は県内はもとより東北にもない高さにあきれられたりもした。国や県がよく建設を認めてくれた」と振り返る

▼過去に村が経験した最大の津波高より50センチ高く設計された水門。「津波防災にかけた先人らの情熱が村を救ってくれた」。深渡村長は村民の思いを代弁する。

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2011.04.23 Sat l メディアリテラシー l top
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