上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/20140101-niki-no114.html#toc1

1. 論文:第二次安倍内閣の医療・社会保障政策

-第8回日韓定期シンポジウムでの報告
(「二木学長の医療時評」(119)『文化連情報』2014年1月号(430号):26~32頁))

はじめに

日本では、2012年12月の衆議院議員選挙で(獲得議席面では)、安倍晋三総裁率いる自民党が地滑り的に勝利して、3年ぶりに政権に復帰し、「第二次安倍内閣」(自民党と公明党の連立政権)が発足しました。自民党は2013年7月の参議院議員選挙でも(獲得議席面では)大勝し、7年間続いていた「ねじれ国会」(衆議院と参議院の多数党が異なる)は解消されました。日本では特別の事態が生じない限り、今後3年間は国政選挙がないため、久しぶりに「安定政権」が成立したと言えます。

「第一次安倍内閣」(2006年9月~2007年8月)は、拙劣な政権運営と閣僚等のスキャンダル続出による参議院議員選挙(2007年)の大敗と首相自身の持病(潰瘍性大腸炎)悪化のため、わずか1年で崩壊し、それが2年後の2009年9月の民主党への政権交代の引き金になりました。安倍首相自身はきわめて保守的・復古的な思想の持ち主で、20世紀前半の日本の朝鮮植民地支配や中国侵略、および第二次世界大戦での日本の戦争責任を否定し、平和憲法の「改正」と軍事大国化を目指しています。しかし、第二次安倍内閣は発足後1年間、この点については封印し、「アベノミクス」(異次元の金融緩和、積極的な財政出動と成長戦略の「三本の矢」から成る)により、日本経済をデフレから脱却させることに注力しています。この政策そのものの妥当性と現実的効果(特に成長戦略)について私自身は懐疑的ですが、第二次安倍内閣がこれにより国民から高い支持を得ていることは事実です。

本報告では、第二次安倍内閣(以下、安倍内閣と略記)の医療・社会保障政策を、医療政策を中心に、検証します。その際、それ以前の3代の民主党政権(鳩山・菅・野田内閣。2009年9月~2012年12月)、およびその直近の自民党政権(福田・麻生内閣。2007年9月~2009年9月)の医療・社会保障政策との異同に注目します。結論的に言えば、安倍内閣の医療政策の中心は、伝統的な(公的)医療費抑制政策の徹底であり、部分的に医療の(営利)産業化政策も含んでいます。ただし、これらは安倍内閣が突如導入したものではなく、民主党政権(特に菅・野田内閣)の時代にすでに準備されていました。

実は私は、2012年の衆議院議員選挙直後に、安倍内閣は2013年の参議院議員選挙での勝利を確実にするために、参議院選挙前は「安全運転」に徹し、国民の反発を受ける医療・社会保障改革は行わないが、参議院議員選挙で勝利した場合には、それまで封印していた「劇薬的な改革が行われないとは言えない」と予測しました(文献1)。安倍首相は、参議院議員選挙で大勝した後の臨時国会で、国民の「知る権利」に大きな制約を加える特定秘密保護法案を強行採決するなど強権的姿勢を強めていますが、医療・社会保障改革に限っては、大枠で「安全運転」を続けています。

突き詰めると、日本では過去4年間に生じた2回の(逆方向の)政権交代にもかかわらず、医療政策の大枠は維持されており、「抜本改革」は行われていません。私は、民主党政権時代に、イギリス、アメリカ、韓国、日本等の先進国での最近の経験に基づいて、「政権交代でも医療制度・政策の根本は変わらない(「抜本改革」はない)という『経験則』」を提起したのですが(文献2)、今回の日本での政権再交代でもそのことが再確認されたと言えます。


関連記事
スポンサーサイト
2014.01.15 Wed l 二木立 l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。