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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20120104_01.htm

河北春秋


 30年以上たった今も、鮮やかに思い浮かべることができる。1981年1月、国立競技場であったラグビー日本選手権の決勝戦、新日鉄釜石と同志社大の試合で、釜石市から来た応援団が振っていた大漁旗だ▼新春の澄み渡った空の下、満員の観客の頭上で赤や緑の色彩が舞い続けた。その光景は初めて生で見るラグビーの試合とともに、深く脳裏に刻まれた

 ▼新日鉄釜石ラグビー部は78年度から日本選手権7連覇を達成し「北の鉄人」の異名をとった。だが、その後成績は低迷、2001年にはクラブチーム「釜石シーウェイブス」となった▼運営母体やチーム名が変わっても、大漁旗が観客席から姿を消すことはなかった。東日本大震災で釜石が大きな被害を受けた後の試合でも、はためいた。シーウェイブスも応援の大漁旗も、釜石の人にとって掛け替えのない「宝」であり続けた

 ▼被災地にとって、ラグビーはある意味象徴的な競技かもしれない。力を合わせて組むスクラムやパスをつなぎながら相手ゴールを目指す姿が、復興へ向けて進む被災者のそれと重なる▼ことし1年、釜石再生の道のりは決して平たんではないだろう。壁が立ちはだかった時、シーウェイブスと応援の大漁旗は市民に有形無形の力を与えてくれるに違いない。合言葉は「前へ、前へ」。

2012年01月04日水曜日
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