上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20111231_01.htm

河北春秋


 師走の一日、仙台市近郊を巡った。高層ビルが林立する中心部を遠望すると、砂漠に浮かぶ要塞(ようさい)都市のように見える。方向感が失われるのは、視界が開け過ぎているからだ▼名取市閖上の日和山。供養塔の3文字にハッとさせられた。「横死者」。そうなのだ。2万に及ばんとする非業の死を遂げた人たちの無念を思えば、魂はいまだ鎮まっていない

 ▼「私、私たちはここ荒浜に住み続けたいです」。誰が書いたのだろう、深沼海水浴場の入り口にベニヤ板が掲げてあった。生き永らえた者もまた、着地点を求めてさまよう▼蒲生海岸は少年時代、ハゼ釣りに興じた場所だ。自然保護団体「蒲生を守る会」の観察会に参加した初夏が思い出される。見慣れた養魚場も亭々とした松並木も失われ、寄る辺無さが寒風に募る

 ▼環境省東北地方環境事務所の自然保護管が観察に当たっていた。一帯はシギ、チドリなど多くの野鳥が集まる場所だった。「コクガン(国天然記念物)を9羽、確認できました」。干潟復活には長い年月を要しようが、光明には違いない▼あまりにも多くのものが奪われた2011年。来し方を振り返るにはつら過ぎる年の瀬である。それでも悲観を戒め、少しばかりの楽観を胸に新年を迎えたいと思う。一陽来復。来る年に幸多かれと、夕凪(ゆうなぎ)に祈る。

2011年12月31日土曜日
関連記事
スポンサーサイト
2011.12.31 Sat l メディアリテラシー l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。