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正平調


2011/12/30




「人の命は地球より重い」という。「命は鴻(こう)毛(もう)より軽し」という故事成語もある。人の命は重いのか、軽いのか。その問いかけが、ことのほかこの年末はずしりと響く◆人の命が何より重いのは、言うまでもない。東日本大震災では1万6千人近い命が失われた。不明者を合わせれば2万人に迫る。この人たちは、なぜ犠牲にならねばならなかったのか。その答えをかき消すようにして、被災地で雪が舞う◆一度きりの人生など、重さのないむなしいものだ。チェコ生まれの作家ミラン・クンデラ氏は小説「存在の耐えられない軽さ」の中でそう書いた。チェコには旧ソ連の厳しい弾圧にあえぎ、人間が軽く扱われた歴史がある◆小説に登場する男女は、求め合いながらも裏切り、裏切られる。自分の存在は重いのか、軽いのか。傷つけ合うのは人の悲しい性(さが)で、主人公はせめて愛する人にとって重い存在でありたいと願う◆そもそも、この宇宙に重さはなかった。物理学ではそう考える。自由に飛び回っていた素粒子がある時、ヒッグス粒子という別の素粒子の抵抗を受ける。その瞬間に重さが生まれた。異なるもの同士の出合いがなければ重さのある世界は存在しなかった◆人間も他者との出会いを通して自分や他人の重さを知る。自然の前では誰も小さな存在だが、支え合えば少しは重く、強くなれる。身を包む師走の寒気を思いやりの素粒子でいっぱいに満たしたい。
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2011.12.30 Fri l メディアリテラシー l top
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