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【編集日記】(12月27日付)

 年の瀬は月日の過ぎゆく早さを感じさせる。それはまた亡き人の記憶が胸をかすめるときでもあるだろう▼今年は特にその思いが強くなる。東日本大震災では地震と津波で、多くの命が一瞬にして奪われてしまった。まだ、遺族の元に帰ることのできない犠牲者も少なくない。残された人にとってはつらい暮れでもある▼一言を発する間もなく、たとえ呼び掛けたとしても伝えるすべもないまま永遠の別れを余儀なくされてしまったとしたら無念としかいいようがない。在りし日の記憶をたどりながら言い残したかった言葉を探そうとしている人もいるだろう▼「今はただ、感覚なき指先に念力をこめて黙々と終日縄なうばかりなり。今日も明日も、また来る日も、指先に怨念こめて…」。会津藩士の子として逆境に耐え、やがては陸軍大将となった柴五郎が書き残した言葉だ(石光真人編著「ある明治人の記録」中公新書)▼明治維新で朝敵の汚名を着せられた会津藩は下北半島への移住を強いられ、飢えと寒さに苦しんだ。「死ぬな、死んではならぬぞ、耐えてあらば、いつかは春も来たるものぞ。耐え抜け生きてあれよ」と、まだ少年ながらも自らを叱咤(しった)した▼亡き人の記憶をたどれば「入魂」の一言が見つかるかもしれない。残された人たちを勇気づけたり、新たな指針となることもあるだろう。
 
  福島民友新聞
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2011.12.27 Tue l メディアリテラシー l top
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