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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20111219_01.htm

河北春秋 昨年末の小欄でJR気仙沼線の観光列車「こがねふかひれ号」の引退を惜しんだ。1年後、大津波で壊滅した同線は列車どころか路線の維持も心もとない▼海辺をガタゴトと行く鉄路には慕わしい風情があった。終着の気仙沼駅の近くに木造の古い宿屋が数軒あり、客を待つ。かつては十数館が軒を連ね、列車を乗り継ぐ商人らを相手に繁盛したという

 ▼今は、震災需要。復旧工事などの宿泊客が絶えることがない。年明け後も予約で埋まっているらしいが、いずれ一時の追い風なのだろう。駅前旅館の役割は別にある▼「まるよし旅館」は震災直後、被災者のために寝具を提供し、客を受け入れていない。全館貸し切りの求めもあったが、主人の吉田則夫さん(76)は「水道も電気も止まり、食べ物もないから」と断った。旅館業の矜持(きょうじ)と言える

 ▼かつては翌朝の列車に間に合うように世話をして「食事おいしかったよ」「また来てね」と言い交わし客を送り出した。「車社会になっても小さな駅前旅館の良さはあるんです」と吉田さん▼気仙沼線には耳慣れない新輸送システムの導入案がささやかれる。住民が求めるのは鉄路の安定感と快適性ではないか。常に人の暮らしと共にあったローカル線。復興後の「新列車」はどんな人たちを乗せ、何を運んでくるのだろう。

2011年12月19日月曜日
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