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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20111202_01.htm

河北春秋 地図を広げて福島県を眺めてみる。ほぼ南北に延びた海岸線の真ん中辺りに、放射性物質をまき散らした福島第1原発がある。その20キロ圏内が「警戒区域」。誰も居住できない▼原発事故によって、約7万8千人が避難を強いられている。警戒区域の北端は南相馬市小高区。かつての小高町の海沿いは、今も津波の傷跡が痛々しい。補修されないままの家と、流されたままの車があちこちに散らばる

 ▼原発から十数キロの井田川地区は干拓した水田が広がっていたが、広大な「湖」に姿を変えた。たまった水を海へと排出する施設は、コンクリートのがれきとなって横たわっている▼人が出入りできないのだから、復旧できるはずもない。動く物は鳥だけ。いつもなら白鳥が来ている季節だが、餌場となる田んぼが水没したせいか、ことしは見当たらないという

 ▼中心商店街は地震の被害がひどい。倒壊した古い建物が目立つ。まったく人がいないと思っていたら、道路沿いにひょっこり、犬を抱いた初老の男性が立っていたりする。不思議な世界だ▼商店街の1軒の家で雨宿りさせてもらった。八百屋さんだったらしく、店の奥が住まいになっている。畳はあるが、商売や生活をうかがわせる物はきれいさっぱり何もない。復興という言葉が、ここではむなしく響く。

2011年12月02日金曜日
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