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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20111106_01.htm

河北春秋 日本初の女性記者となった八戸市出身の羽仁もと子(1873~1957年)は活動的な女性だった。夫と雑誌『家庭之友』(現婦人之友)を創刊し、読者による「友の会」を組織、学問の場「自由学園」を創立したほか、災害に遭った人々の支援にも力を注いだ▼関東大震災(1923年)の時は、都内で自由学園の生徒とともに炊き出しなどを行った。35年に東北が凶作に見舞われた際には、被災地で救済活動を始めている

 ▼時は移り、東日本大震災が起きた現在。泉下のもと子に代わって、郷里の青森県内にある青森、八戸、弘前の友の会は、婦人之友社、自由学園と連携して被災者支援を続ける▼友の会の活動は、地震直後の生活必需品集めからスタート。岩手県の被災地を訪れて炊き出しをしたほか、子ども用の絵本集め、お菓子作りなども手掛けた

 ▼もと子は社会活動への貢献を提唱した。さまざまな支援を通して、青森友の会の渉外・災害支援リーダーを務める武田しげ子さん(65)は「もと子の精神が受け継がれていることを強く感じた」と語る▼支援は今、被災者の心のケアにも及ぶ。「私たちを待っていてくれる人がいる。長く寄り添っていくつもりです」と武田さん。冬が近づいてきた。青森友の会会員は靴下、マフラーを編み被災地に送り始めた。

2011年11月06日日曜日
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