上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
http://www.minyu-net.com/shasetsu/nikki/1103n.html

【編集日記】(11月3日付)

 病気を科学的に観察し、医聖とされたのがギリシャの医師ヒポクラテス。生地コス島の広場にある大きなプラタナスの木陰で、医師を目指す弟子たちに医学を説いたとされる▼このいわれからプラタナスは医療系大学を象徴する木にもなり福島医大の中庭にも「ヒポクラテスの樹」がある。1991(平成3年)に当時太田綜合病院理事長だった故太田緑子さんがコス島で苗を贈られ、このうちの一本が福島医大に植樹された▼県内の医療をたどると西洋医学導入の先駆的役割を担ったのは医学教育に力を入れていた会津藩で、藩士を長崎で学ばせた。シーボルトに師事した二本松藩の藩医もおり、帰郷して進んだ技術を普及させた▼外科治療が大きな効果を発揮したのが戊辰戦争だった。薩長軍の医師団が兵隊や町民にも治療を施した。明治に入ると東北で唯一の医学校を併設した県公立須賀川病院が開院。後藤新平も学んだ(「県医師会史」)▼医療制度の整備とともに病院や開業医が本県の地域医療を支えてきたが、大震災の後、医師の流出が目立つ。加えて臨床研修に県内病院を選ばない新人医師も少なくない▼減少一方の図式を消すには、国の強力な支援や抜本的な対策が必要だ。もしヒポクラテスが生きていれば、医療再生に向けた意見を聞きたいが、同じような処方箋を出すのではないか。
 
  福島民友新聞
関連記事
スポンサーサイト
2011.11.03 Thu l メディアリテラシー l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。