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http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m10/fudo111026.htm

風 土 計

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2011.10.26

 記憶にある限り、初めて海を見たのは三つか四つ。久慈方面の海岸で、波打ち際に立った自分の姿が脳裏に浮かぶ。砂を洗う波がキラキラと足元を行き来していた

▼それをジッと見るうちに、目が回ってひっくり返った覚えがある。だから記憶に残っているのだろう。幼心に「水際は怖い」というイメージが刻まれたのは、恐らくこの時だ。ずっと泳ぎが苦手できたことの言い訳にはなるまいが…

▼大震災を経て、人間の営みは波に揺らぐ砂のようにはかないものであることを知った。人間社会を自然災害から守るべく、頑強に造られた巨大構造物も、その実、自然の懐の内にある。仏の手の中であがく孫悟空のようなものだ

▼高度成長期の幕開けと軌を一にして始まった日本の原子力開発も同様。進歩の過程で、事故の可能性は視野になかったのではないか。先ごろ、原子力安全委員会がまとめた防災指針の見直し案を概観する限り、そう思わざるを得ない

▼原発から半径8~10キロとしてきた防災域は同30キロに拡大。使用済み燃料の冷却停止という事態に、あらためて「大きな事故につながる可能性」と書かなければならないほどに、危機感は希薄だったということだ

▼きょう26日は、1964年の制定以来続く「原子力の日」。関係者は波打ち際のきらめきに目まいを覚えているはずだ。

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