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 【編集日記】(10月25日付)

 関東大震災が発生した際、震災地となった東京の避難民の中には地方へ逃げ延びた人たちもいた。その動きは全国に広がっていった▼行く先はほとんどが実家や親戚。故郷の人々は避難者を温かく迎え入れた。地方は中央政府からの指示を待つまでもなく「同胞の生活的危機」として県、地域が独自の対応を編み出した(「関東大震災の社会史」北原糸子・朝日新聞出版)▼福島第1原発事故でも放射性物質を避けるために原発周辺の多くの住民が避難を強いられている。自主的に避難した人も加わるが、他県では温かく受け入れてくれた。地域間の支え合いは今も変わらないといえる▼ところが、原発事故から7カ月たつのに風評被害が落ち着く気配はなく、影響も農産物や魚介類、観光面にとどまらない。県内で製造された花火が打ち上げられなかったり、橋桁の安全性に問題があるとして、工事が中断する問題も起きた▼被災者たちに手を差し伸べようとする人々がいる一方で、時折、発せられる心ない言葉や行為に多くの県民が傷ついてきた。騒ぎが起きるたびに謝罪や釈明が繰り返されるが、それも私たちを複雑な思いにさせる▼風評に惑わされる人も原発事故の同じ被害者といえる。危機の共有が互いの理解につながるはずだ。絆をもう一度結び直し風評被害に歯止めをかける一歩としたい。
 
  福島民友新聞
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2011.10.25 Tue l メディアリテラシー l top
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