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 【編集日記】(10月22日付)

 「名も知らぬ遠き島より 流れよる椰子(やし)の実一つ」で始まる「椰子の実」の歌は、水平線のはるか向こうにある島について想像心をかき立てる▼作詞は島崎藤村。といっても藤村はヤシの実と直接関係がなく、見つけたのは民俗学者の柳田国男だという。柳田が大学生のころ愛知県の渥美半島砂浜で目にしたヤシの実のことを藤村に話し、藤村の歌心を刺激したようだ。作曲は大中寅二▼ヤシの実が長い間漂流を続けた末に故国にたどり着いたという実話もある。1944(昭和19)年にマニラにいた軍属が海に投じ、31年を経てようやく古里の出雲市の海岸にたどり着いた「奇跡の椰子の実」である▼マニラでは戦況が悪化するにつれ、「椰子の実」を口ずさむ兵士らも少なくなかったという。望郷の思いをヤシの実に託したこの軍属も日本に家族を残したまま終戦直前に現地で亡くなった(鶴見正夫著「ヤシの実の歌」あかね書房)▼太平洋戦争で日本軍敗走のきっかけとなったのがミッドウェー海での敗戦。このあたりを今、ヤシの実ではなく大震災の津波で流されたとみられる大量のがれきが漂う。ロシア船が引き揚げた中には「福島」の表示がある船体もあった▼冷蔵庫やテレビも浮いていた。それぞれに震災前の日々が秘められていることを考えると、いずれの日にか国に帰ってほしいと願う。
 
  福島民友新聞
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2011.10.22 Sat l メディアリテラシー l top
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