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正平調
2011/10/21
「電車きた」。神戸ゆかりの詩人、杉山平一さんにこんな書きだしの作品がある。「希望」という新しい詩集に収められている一編だ◆電車が駅に近づいてきた。母親と一緒にホームにいた子どもが、立ち上がって叫んだ。その言葉が冒頭の「電車きた」である。「私」は毒づく。「いまどき電車に感激するなんて/うるさいガキだ」。都会の空気に心がささくれだっているのだろうか◆電車が止まってドアが開く。乗り込んでホームを見ると、母と子は電車を見送っている。ようやく「私」は気付いた。「子供は待っていたのだ/誰かを/何かを」。2人はホームで次の電車が来るのを待つのだろう。「私」は恥じ入り、一人待ち人のいない家路に就く◆駅を行き交う人々が関心を向け合うことなど、まずない。しかし、そこではいろんな人生が交わっている。「誰かを/何かを」待ちながら、人はホームに立つ。「待つ」という題のその詩を、しみじみとかみしめた◆日が随分短くなった。秋は夜空の月も待ち遠しいが、清少納言が書いたように、夕暮れも心に染みる。「山見ても海見ても秋の夕かな」(一茶)。秋色に変わりゆく風景を眺めて気持ちを立て直す。今はそんな時候かもしれない◆経済や金融は先がよく見えない。今年は自然の猛威も思い知った。それでも満96歳の詩人の言葉を励みに、電車が来るのを待つことにしよう。「希望」という名の電車を。

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2011.10.21 Fri l メディアリテラシー l top
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