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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20111019_01.htm

河北春秋 相馬市の磯部地区は松川浦の南端にある。小さな漁港があり、ホッキ漁が盛んだったが、港には今、1隻の船も浮かんでいない。そばの空き地にずらっと並べられている。津波で壊された船ばかりだ▼先週末、船の中でごそごそやっている初老の漁師がいた。探し物は1本のタモ。一度も使わないまま、船が流されたという。「ここで残ったのは1隻。たまたま松川にいた船だけだ」。対岸の松川浦漁港ではかなりの船が残ったのに、磯部は全滅だった

 ▼津波が来ると、この辺の漁師は船を沖へ出そうとする。港に置いたままでは壊されてしまうからだ。危険には違いないが、それを承知で、生活を支える船を守ろうとする気持ちは分かる▼松川の船はそれで助かったが、磯部の方は駄目だった。同じ浦の中にあっても、外海までの距離がまったく違っていた。磯部は浦の一番奥まった場所にある

 ▼「松川浦を抜けなくてはならないんだ。時間がなかった」と、漁師は端的に説明した。「ご家族は?」と聞くと、「うちは大丈夫だったけど、きょうだいの方は孫とか…」▼磯部地区では津波で250人が亡くなった。舟溜(ふなだまり)と呼ばれる港の近くの集落には、家の土台が残るばかり。その海辺の土地に、ほっそり伸びたコスモスがひっそりと、鮮やかな色の花を咲かせていた。

2011年10月19日水曜日
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2011.10.19 Wed l メディアリテラシー l top
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