上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
http://www.niigata-nippo.co.jp/nipposho/770.html

 大震災から7カ月を迎えた宮城県石巻市を訪ねた。地元NPO法人が今夏に続いて開いた2回目の「復興ウオーキング」に参加し、市内を案内していただいた
▼「見たことを帰ってから、ありのまま周囲に伝えてください」。世話役の一人、石巻ふるさと復興協議会事務局長の松村豪太さんは、各地から集まった約40人に呼び掛けた
▼商店の多くはシャッターが閉じられたままだが、「○日から営業再開」「移転先で営業中」の張り紙がある。「ボランティアのみなさん、ありがとう」の文字が目立つ。店舗の2階をボランティアらの宿泊用に改装したところもあった
▼喪服姿の人たちと幾度もすれ違った。毎日のように葬儀が営まれている。線香の煙が、津波に襲われた墓地を流れていく。墓石は大半が倒れたままだ。全国で約2万人に上る死者・行方不明者のうち、4千人近くが石巻市民だった。5人に1人である。被災の痛みは数字では語れない。が、途切れぬ読経の声は、やはり切ない
▼復興協議会長の松村善行さんも自宅が流された。「うちの屋根はあの辺りで見つかりました」。指さす先には更地が広がっているのみだ。旧北上川沿いのがれきの山は、ビルの5階ほどはあろうか。港の近くでは魚の腐臭が漂っていた
▼11日、石巻市の全避難所が閉鎖された。郊外の仮設住宅が敬遠されたり、人手不足で住宅補修が進まなかったりと、住宅だけ見ても難題が多く、先は長い。「みなさん、これからもよろしく」。全ての被災地の思いが込められた主催者の一言を胸に刻んだ。
新潟日報2011年10月12日
..
関連記事
スポンサーサイト
2011.10.12 Wed l メディアリテラシー l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。