上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
http://www.minyu-net.com/shasetsu/nikki/0928n.html

 【編集日記】(9月28日付)

 福島と青森を結ぶ奥羽線が全線開通したのは、今から106年前の1905(明治38)年9月のこと。奥羽山脈を越える鉄道の中で最も早かった▼山形産業遺産シンポジウム実行委員会「シンポジウム『山形の産業遺産を考える』第1回報告論文集」によると、最も難航したのは19カ所のトンネルと20カ所の橋を設けた福島―米沢(山形県)間。特に板谷峠トンネル工事は地形の影響などで完成までに長い時間を要したという▼板谷峠で特筆されるのは折り返しの線路を利用して急勾配の山地を上り下りしたスイッチバック方式だ。赤岩、板谷、峠、大沢の4駅に設けられ、90年に廃止された。板谷峠のスイッチバック遺構は経済産業省の「近代化産業遺産群続33」の一つに選ばれている▼安定した輸送力の確保も重要な技術課題だった。開業当初の蒸気機関車は力が足りず、線路を逆行した事故も起きた。機関車にも改良が加えられ、電化に伴って性能が向上した電気機関車が投入されてきた▼鉄道の歩みには自然災害との闘いがつきまとう。地震や津波、豪雨などで奥羽線をはじめ県内を走る路線も大きな被害を受けた。常磐線、磐越西線、只見線は今も一部区間が不通になっている▼復旧、復興までに坂道もあろう。蒸気機関車は「なんだ坂、こんな坂」と上った。峠を越せれば希望が見えてくる。
 
  福島民友新聞
関連記事
スポンサーサイト
2011.09.28 Wed l メディアリテラシー l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。