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 1964年に開かれた東京オリンピックの開会式で流れた入場行進曲を口ずさむことができるのは、50代後半より上の世代になろうか
▼あの明るく力強い旋律は、世界各国の選手団が秋晴れの国立競技場を行進する映像とともに、私たちの胸に焼き付いた。正式名は「オリンピック・マーチ」である。福島市生まれの作曲家、古関裕而さんの作品だ
▼1989年に80歳で亡くなるまで、約5千曲を世に送った。「紺碧(こんぺき)の空」「とんがり帽子」「長崎の鐘」「君の名は」-数え上げたら切りがない。知らずになじんだ曲のあれもこれも古関メロディーである
▼全国300校以上の校歌も作曲した。県内では見附市の見附小などがある。西条八十の作詞もいい。3番はこんな歌詞で始まる。「もゆる平和の朝日をあびて いきもたからか組む肩に 伸びて築かん世界に誇る 文化栄えあるわが日本」
▼福島市にある「古関裕而記念館」で古関作品の「分布図」が配布されている。これを見ると、地元福島県はもちろん、北海道から沖縄県まで、古関さんの手になる校歌や社歌などが満遍なく広がっているのが分かる
▼福島産の農産物販売に抗議したり、花火の打ち上げを拒んだりしたあの町、この町に住む人たちの身近にも、古関さんの心地よい調べが流れていたはずである。名作曲家を育んだ土地のピンチに思いをはせたい。この狭い国土で、「わが町だけを安全に」は幻想だろう。見附小の校歌を借りるなら、肩を組み、世界に自慢できるような助け合いの文化を取り戻すときだ。
新潟日報2011年9月24日
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2011.09.24 Sat l メディアリテラシー l top
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