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 紀伊半島の森は、訪ねる者に「神々がすむ山」と心底感じさせる深さをたたえている。この緑を育んできた雨が限度を超えて降った。大きな被害が出ている。全容はいまだにつかめない
▼特に深刻なのが和歌山県だ。熊野川の河口に位置する新宮市生まれの作家中上健次が、随筆「新宮」で森や水を通して、故郷を語っている。「雨、水、それが新宮の新宮たるところであろう」。「紀州」は「木州」であり、新宮は、かつて木材の集積地として、製材業が盛んだった
▼しかし、産業の源にもなった雨は、ときに牙をむく。この随筆の中に、同郷の社会主義活動家、成石平四郎が1910年の大雨の翌日、河口で見た様子を次のように記述している部分がある
▼「川口の怒濤(どとう)は夜叉(やしゃ)の暴るゝが如(ごと)く蛇ののろふが如く暴威を逞(たくま)しくして数十丈の怒濤の捲逆(まきかえ)すさま、尚ほ人をも家をも呑(の)み尽(つく)さんとするものゝ如くその猛悪の状は戦慄(せんりつ)せずには居られない」。この地が、豪雨災害と背中合わせに歩んできたことを思い知る
▼被災地には、和歌山、三重、奈良の3県にまたがる世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」もある。どんな爪痕を残したことか。まずは孤立化した集落の救出に全力を挙げてほしい
▼紀州に根ざした作家である中上だが、坂口安吾から影響を受けたという。92年に亡くなるまで、新潟市をたびたび訪れた。2006年には新宮市で、2人をテーマにしたシンポジウムも開かれた。両市は縁浅からぬ関係にある。天上から2人の作家も事態の収束を願っているに違いない。
新潟日報2011年9月6日
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2011.09.06 Tue l メディアリテラシー l top
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