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 山菜、桑の実、サクランボ。70年間の生涯に約1万8千首を詠んだ歌人斎藤茂吉には、ふるさと山形の食に材をとった歌が多い
▼児童たちの弁当は大抵、かて飯(めし)のおにぎりだった、と茂吉は回想する。かてとは、足りぬコメにまぜる雑穀や大根菜のことである。農家の三男に生まれた茂吉の暮らしも恵まれていたとは言い難い。だからこそか、東京で医師の職に就いてなお「茂吉の飲食のベースは徹頭徹尾、東北農民のそれであって、そこへ絶えず回帰していく」(岡井隆「茂吉の短歌を読む」)
▼とりわけコメへの深い思いは終生、変わることがなかったという。「米粒は玉のごとし」と慈しみ、「供米をかたじけなし」とかみしめる。しみじみと胸に迫る詠み口は、生い立ちと無縁ではあるまい
▼福島県内で早場米の出荷が始まった。「国や東電は原発事故を早く収束させ、この土地で安心してコメを作り続けられるようにしてほしい」。先日の本紙夕刊に載った農家の言葉は、どこの生産者にも共通する思いだ
▼被災者の生活再建に向けた政府の動きは鈍い。福島から本県への避難者はなお6千人を数える。ふるさとから引き離され、将来も見通せない。悲しみと怒り、不安を胸に抱いているはずだ
▼-にい米を搗(つ)きたる餅あひともに食せとしいえば力とぞなる(新米でついた餅を一緒に食べませんかと言ってくれた。その一言が私を力づけてくれた)-。茂吉の歌だ。先の豪雨で本県も傷ついた。実りの秋である。被災の痛みも収穫の喜びも分かち合い、さあ一緒に食べましょう。
新潟日報2011年9月2日
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2011.09.02 Fri l メディアリテラシー l top
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