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 防災をテーマにしたシンポジウムを新潟市で開いた時の話だ。パネリストの一人が金沢市の生まれだった。経歴を念押しするため記者が「石川県出身ですね」と聞いたら、「いいえ。金沢です」と返すのである
▼そのパネリストは語気を強めた。「金沢の人は皆、そう言います」。皆が皆とは大げさなと思ったが、加賀百万石の城下町を誇る気持ちは伝わってきた。ふるさと自慢もここまでくればあっぱれといえよう
▼似たようなくだりが司馬遼太郎の「街道をゆく・奥州白河・会津のみち」にある。「福島県人ですか」と尋ねると、「会津です」と答える。江戸時代、会津藩は約300あった藩の中でも教養が豊かで、その自負が今も残っているというのだ
▼福島県の面積は北海道、岩手に次いで国内3番目の広さだ。県土は、太平洋岸の浜通り、阿武隈川本流筋で福島市などがある中通り、それに会津盆地の3地域に分けられる。気候も文化も歴史も異なる
▼そうはいっても、甲子園では県代表の聖光学院の健闘に県民を挙げて声援を送った。会津の温泉街では、浜通りの大熊町から避難している町民が盆踊りの輪に加わった。地元紙を読めば、連帯感が強まった夏だったことが感じられる
▼一方、福島原発の事故で、放射線量が高い地域は国が土地を買い取る可能性も出てきた。避難先が永住地になるケースも出てくるだろう。異なる土地で暮らしてきた人たちが、それぞれのふるさとの誇りを大切にしながら、融和していく。そんな生き方を探らなければならない時代だ。
新潟日報2011年8月23日
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2011.08.23 Tue l メディアリテラシー l top
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