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http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0004377163.shtml

正平調
2011/08/17
海に向かって開けた谷を一望する。そこには5カ月前まで、民家や事務所が立ち並んでいた。今はただ土と泥が地面を覆う。これほどの徹底的な破壊を目にしたことがない◆女川町は宮城県の北東部、牡鹿(おじか)半島の付け根に当たる。女川原発の地元として知られるが、東日本大震災ではひときわ大きな津波被害を受けた。町役場も含め、町全体が壊滅し、町民の約1割が犠牲になった◆「女川の状況を知ってほしい」。地元紙・石巻日日新聞の武内宏之報道部長の案内で現地を回った。コンクリートの建物は内部が破壊されている。東北有数の漁港は地盤が沈下し、海沿いの一帯が潮に漬かっている◆高さ十数メートルの丘の上にある町立病院の駐車場から谷を見渡した。そこも津波にのまれたと聞き、身が震えた。目の前の穏やかな海が、その高さまでせり上がってきたという◆地元の高齢の男性が谷を見ていた。「うちのじいさんが言ってたな。津波は絶対来る。早く上へ逃げろって」。男性の祖父は明治三陸地震の体験を家族に語っていたそうだ。山腹にある自宅で難を逃れた。だが警報が出ても庭にいた平地の知人は流された◆「津波は本当に来た。でも、うちのじいさん以外からそんな話、聞いたことねえ。誰も津波の怖さを知らなかったなあ」。16年前の私たちも地震の怖さをよく理解していなかった。語り継ぐこと。お年寄りの述懐はそう訴えているように聞こえた。

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