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http://www.kobe-np.co.jp/seihei/0004373400.shtml

正平調
2011/08/16
京都の夏の夜を彩る「五山の送り火」は、お盆で迎えた霊を黄泉(よみ)の国へと送る炎である。亡き人たちをしのび、どうか安らかにと祈る。特に今夜の送り火には、多くの人が追悼の念を強く抱くことだろう◆東日本大震災の被災地、陸前高田市に津波に流された松がある。その松を送り火の一つ「大文字」の薪(まき)にできないか。犠牲者の弔いとして。そもそもが善意で進められた話だった。実際にたかれれば、東北への大きな心の支援となったに違いない◆しかし、計画は二転三転した揚げ句に見送られた。放射性物質による汚染を恐れる声が強かったためだ。糸はもつれて、後味の悪い幕切れとなった。結果的に被災地の思いは拒絶された。その心情を察すると言葉もない◆最初に用意された薪からは何も検出されなかった。それでも不安の声に押され、計画は中止された。抗議を受けて現地から別の薪を取り寄せたら、セシウムが出た。全てが裏目に出たといえる◆「過剰反応」と批判するのはたやすい。だが汚染が確認され、不安は無視できない。「無害」と断定できるほど研究は進んでいない。社会を出口のない迷宮へと追い込んだ原発事故を恨むしかないのか◆放射性物質が拡散している。被災地をどうやって守るのか、その方が心配になる。「ただ高くある送り火のあとの月」(清水径子)。大切なのは明日からの支援と連帯だろう。月がそう諭している気がする。

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2011.08.16 Tue l メディアリテラシー l top
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