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http://www.sakigake.jp/p/column/hokuto.jsp?kc=20110813ax

北斗星(8月13日付)
 がんに侵された夫は徐々に衰え、死を覚悟する。寄り添う妻は死を止められぬ苦しさに懊悩(おうのう)する。夫で作家の吉村昭氏との最期の日々をつづった「紅梅」(津村節子著、文芸春秋)は、読み手の胸を震えさせずにはおかない

▼夫婦に限らない。親や子、友人、知人ら大切な人との別れの痛みは誰もが経験するところだ。永遠の命はないと分かってはいても、死に直面すると打ちのめされてしまう。せめてできるのは、亡き人の安らかな眠りを祈ることぐらいと知る

▼きょう13日のお盆に次ぎ、66回目の終戦記念日が巡り来ることにも思いをはせないわけにはいかない。一人の兵士の死によって、その家族の人生行路も大きく狂わされた。兵隊はもちろん、そうしたあまたの家族の犠牲の上に現在があることを、あらためて胸に刻む

▼加えてことしは特別な夏である。東日本大震災は死者・行方不明者2万人超、避難・転居者も8万人を超えたままだ。捜しても捜しても遺体が見つからず、たとえ見つかっても満足に弔えない心痛はどれほどか。戦争に匹敵する惨禍と言っても決して大げさではない

▼人が生きていくには家と仕事と食料が満ちているだけでは、恐らく足りない。家族や親類、仲間や友人をはじめ、共に喜怒哀楽を感じ、一緒に歩む存在がどうしても要る。だからこそ、その人を亡くした際には丁寧に弔い、十分に喪に服する営みが必要不可欠なのだ

▼いつにも増して鎮魂を願わずにはいられないことしのお盆である。

(2011/08/13 10:35 更新)
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2011.08.14 Sun l メディアリテラシー l top
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