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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110813_01.htm

河北春秋 1980年代のソ連で、こんなアネクドート(小話)がはやった。「社会主義」という列車が走っていると、急に止まった。スターリンが部下を見に行かせるとレールがなく、鉄道関係者を全員粛清した▼ブレジネフは窓のカーテンを全部閉めさせ、車両を揺すらせて列車が動いているように見せ掛けた。ゴルバチョフはカーテンを全部開けさせ、外に向かって「レールがない」と大声で叫んだ

 ▼『ロシアのユーモア』(川崎浹(とおる)著)に紹介されている。だが、86年にチェルノブイリ原発事故が起きた時、まだカーテンは開けられていなかった。情報は隠され、被害は拡大した▼「真実を求める闘いに負けた」。外相だったシェワルナゼ氏は、回顧録で自責の念を吐露している。事故後、ゴルバチョフ書記長はペレストロイカ(改革)を始め、グラスノスチ(情報公開)を進めた

 ▼あれから25年。被災したロシアのアントン・ウトビチェンコさんが原水爆禁止世界大会に招かれ来日した。当時9歳だった。「チェルノブイリを忘れさせようとしている」とロシア政府を批判する▼被害を伝え続ける決意を口にし、福島のほか広島、長崎にも足を運んだ。「子どもたちの安全な未来のために一緒に頑張りましょう」。一男一女の父親であるアントンさんの呼び掛けが重く心に響く。

2011年08月13日土曜日
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