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http://www.at-s.com/news/detail/100050878.html

8月6日(土)(8/ 6 07:33)

 県原水爆被害者の会を結成し、長く会長を務めた杉山秀夫さんは昨年8月16日に87歳の生涯を閉じるまで、広島の被爆体験をもとに核の脅威を訴え続けた。福島第1原発事故で、多くの国民が放射能の不安の中に暮らす「広島原爆の日」。核兵器廃絶とともに「2度と被曝[ひばく]者を出すな」と強く願い続けた杉山さんだったら、どんな思いを抱いただろう

▼被爆者の思いの一端をうかがわせるアンケート結果が7月31日の本紙に載った。共同通信が日本原水爆被害者団体協議会を通じて広島、長崎の被爆者約千人から回答を得た。事故後に原発反対に転じた人が4割に上り、3人に2人が国内の原発を将来「減らすべきだ」と考えている

▼「私たちの苦しみが生かされていなかった」。自由回答欄につづられた被爆者の無念に胸が締め付けられる。「恥ずかしい」「もっと原発のことを考えるべきだった」との記述もあった

▼「安全神話」の下で国策の無謬[むびゆう]を妄信したことを恥じ、自責の念を抱くべきなのは誰なのか。無謀な戦争の代償をわが身に引き受けさせられた人たちではないはずだ

▼66年前、20万もの人命が一瞬にして奪われたこの国で、約10万の人々が放射能のために住む土地を追われることになった。そのおびただしい人の数の、それぞれの人生を思う。そして放射能の恐ろしいところはその「一瞬」にとどまらず、その後の長い時間、さらに多くの人々を苦しめることだ

▼そのことを私たちは広島に、長崎に、第五福竜丸に、学んできたのではなかったか。「安らかに眠って下[くだ]さい 過ちは 繰返[くりかえ]しませぬから」。広島・平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に刻まれた言葉を、この夏こそ深くかみしめたい。

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2011.08.06 Sat l メディアリテラシー l top
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