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http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110806_01.htm

河北春秋 列車が広島駅に止まると、作家の井上ひさしさんは爆心地に近い比治山(ひじやま)に向かい、こうつぶやいて頭を下げるのが常だった。「記憶します、抗議します、そして生き延びます」▼井上さんはかつて、原水爆禁止運動の分裂騒ぎに嫌気が差し、あらゆる政治勢力と縁を切った。一人の人間として、戦争で死んだ人の無念を記憶し続けようと決心した。その誓いの言葉だった

 ▼広島の原爆はあの日、12万人を殺し、20万人にけがを負わせ、その年のうちに2万人を死なせている。悲劇から66年、福島第1原発事故の放射能汚染の不安が高まる中で迎える、きょうは広島原爆の日▼学者の推計では、福島の原発事故では、広島型原爆の20個分の放射性物質がまき散らされたという。広範な地域が汚染され、なお汚染は進行中だ。しかし汚染除去の道筋は国から明確に示されないでいる

 ▼やむなく自治体や住民が子供の通学路や遊び場などで除染作業を行うありさまだ。「記憶せよ、抗議せよ」―井上さんが存命なら、この事態にやはり、この言葉を口にしたに違いない▼誰もが壮絶な体験をした大震災だ。ことし、被災地から広島と長崎に特別な思いを馳(は)せる人は多いだろう。被爆地もまた同じ思いを抱いていよう。過酷な体験の重みは、それぞれにしっかり記憶していたい。

2011年08月06日土曜日


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2011.08.06 Sat l メディアリテラシー l top
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