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あぶくま抄(8月1日)  
 スイセンの花壇作りが塙町の久慈川河川敷で進む。118号国道沿いの約20アールに20万個の球根が植えられ、花畑を縫うように観賞用の道が配置される。東日本大震災復興のシンボルだ。
 スイセンは、いわき市田人町の緑川千代さんが農業の傍ら自宅近くの遊休農地で育てた。平成10年に他界した後、夫が増やした。株分けを申し出た塙町に全てを託した。「震災で暗く沈みがちな町民に元気を取り戻してもらえれば」。塙町の担当者は黄一色の花壇の周りに笑顔があふれる情景を思い描く。
 震災後、南相馬市の温泉施設に、映画の題名にもなった「黄色のハンカチ」が続々と届いた。350枚ほどが玄関前に掲げられた。130枚はスーパーの店内に飾られた。喜多方市観光交流課職員は、そろいの黄色いポロシャツ姿で原発事故の風評被害払拭[ふっしょく]に汗を流している。黄は光に最も近い色とされ、人を明るく前向きな気持ちにさせるという。
 ダリアで地域おこしを進める町に、希望の光をともす新たな花が加わった。スイセン畑は復興への活力を与えるはずだ。「千代に八千代に咲き続けてほしい」。町は花壇を「八千代スイセン」と名付けた。来春花開く。

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2011.08.01 Mon l メディアリテラシー l top
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