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▼▽5打席連続敬遠という前代未聞の作戦の前に散った。18歳の少年にとってあまりにも過酷な現実。しかし彼は相手チームを一切、批判しなかった。宿舎に帰りただ1人で泣いた。「あれが野球人生で最後の涙」。後に明かしたという。

▼▽名前は「松井秀喜」。1992年春センバツで3本塁打。そして夏の甲子園だった。日大山形が1回戦で大分・柳ケ浦を4対1、2回戦で宮崎・延岡工を12対2で破る活躍の年だったのでよく覚えている。そして10月の「べにばな国体」を迎え、松井選手が中山町の県野球場にやって来た。

▼▽勝負の世界は結果がすべてと言われるが、度肝を抜かれたのはその時だ。石川・星稜は準決勝で日大山形を退け、決勝の香川・尽誠学園戦。星稜の松井選手は8回表の最後の打席で高校通算60本目の2ラン本塁打を右中間にたたき込んで優勝。5連続敬遠の借りを60本という結果で返した。

▼▽ついに「日米通算500号」を達成した。プロ19年目の到達に遅すぎるという非難めいた声もあるようだが、絶対にそんなことはない。「後ろを振り向くより前」が信条という松井選手が夢を追い続けた証しだ。折しも夏の甲子園を目指す山形大会が佳境に入った。若者よ松井選手に続け。

(2011/07/22付)
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2011.07.22 Fri l メディアリテラシー l top
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