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北斗星(7月22日付)
 衝撃というほどではないが、語感の特異さからか、一度出合ったらなかなか忘れられない言葉がある。個人的には「キヤキヤ」がそうである

▼物事の状態をそれらしく表す擬態語のはずなのだが、具体的なイメージがつかみにくい。初めてこの言葉に触れたのは来月に没後30年を迎える作家向田邦子の小説「春が来た」(文春文庫)だった

▼夫のお古の靴下を家で履く母親が、来客のときぐらいは脱いだらと娘に言われ、足元が「キヤキヤするの」と返答する場面がある。「キヤキヤって何語よ」「お母さんが英語使えるわけないだろう」。軽妙な向田ワールドが続く

▼作中では冷えるという意味で用いられているが、辞書をひもとけば意味は二通りだ。危ぶんでひやひやする意と、体の一部がしきりと痛む様を言う。後者の意では「秋田のことば」(無明舎)にも収録されているから、地域によってはごく一般的な言葉だったのかもしれない

▼福島の原発事故以来、この言葉がしばしば脳裏をかすめる。電力会社の初動の遅れに肝を冷やし、目に見えない放射性物質の拡散におののく毎日。地勢や風向きなどとは関係なく、稲わらという予期せぬ媒体を介して、脅威が日常生活の中で突如現れるのだからキヤキヤものだ

▼安全・安心な餌を「ドシドシ」与えて良質な肉牛を「バリバリ」つくり、生産者も消費者も互いに「ニコニコ」。再生への明かりが「ピカピカ」ともる。脳裏を駆け巡るなら、そんな擬態語が望ましい。

(2011/07/22 10:02 更新)
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2011.07.22 Fri l メディアリテラシー l top
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