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【編集日記】(7月20日付)

 ジョン万次郎こと中浜万次郎について、4代目の子孫である医師の中浜博氏は著書「私のジョン万次郎」(小学館)の中で「英語とアメリカ文化をはじめて日本にもたらした日本人」と書いている▼万次郎は漁に出たが嵐で漂流。米国の捕鯨船に救助されマサチューセッツ州フェアヘブンでホイットフィールド船長の家に滞在、数学、航海術や捕鯨術などを学んだ。帰国後に英語力を注目されて幕府に登用され、開国に向けた日米の懸け橋として活躍した▼博氏の著書は歴史の裏側も描く。幕府は万次郎重用の一方で米国に有利な通訳をするのではないかとの疑いを持ち、再来のペリーには立ち会わせなかった。咸臨丸乗船も当初は反対意見で難航したという▼万次郎が命を狙われた話も出てくる。救ったのは「魔剣の以蔵」と異名をとった護衛の岡田以蔵だったとか。万次郎自身もピストルと仕込み杖(づえ)で用心していたようだったという▼フェアヘブンには万次郎が暮らした船長の家が友好記念館として残されており「ホイットフィールド・万次郎友好協会」が管理に当たる。この友好協会から伊達市に震災義援金が送られ先日、届いた▼仁志田昇司市長の兄で医師の博司氏が、友好協会理事長のジェラルド・ルーニー氏と知り合いだったのが今回の縁。万次郎遭難から170年。日米友情の絆は強かった。
 
  福島民友新聞
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2011.07.20 Wed l メディアリテラシー l top
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