上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4127&mode=0&classId=2&blockId=9867869&newsMode=article

あぶくま抄(7月19日)  
 点を取られても追い付く。窮地に立っても耐え抜く。サッカー女子W杯決勝で「なでしこジャパン」は世界ランキング一位の米国を倒し、一番輝くメダルを手にした。

 2004年のアテネ五輪直前、公募した愛称が発表されたのは七夕の日だった。記者会見で沢穂希選手らはメダル獲得を願う短冊をササに飾った。夢をかなえるため、何度も訪れた合宿の場はJヴィレッジ(楢葉・広野町)だ。高さやパワーのある外国選手を想定し、浜通りの男子高校生と練習試合を繰り広げた。一緒にプレーした人も感慨深いはずだ。

 原発事故後、Jヴィレッジは事故の収束を図る前線基地になった。次代を担う「なでしこ」を育成するJFAアカデミー福島は静岡県での活動を余儀なくされている。夏休みの全国大会で響いた少年らの元気な声も今年は聞こえない。

 運営会社副社長の高田豊治さんは先月、自分の同級生から託された義援金を双葉郡各町村に届けた。「皆さんに支えられ、サッカー界に欠かせない聖地を必ず再開させる」。県内外に移転した臨時町村役場で顔見知りに会うたびに誓った。何より、最後まで諦めないことが「なでしこ」の遺伝子をつなぐ。

関連記事
スポンサーサイト
2011.07.19 Tue l メディアリテラシー l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。