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 本紙の連載小説、五木寛之さんの「親鸞激動篇」が佳境に入っている。越後に流された親鸞は、施療所で働く一方、妻の恵信と子育てにいそしんでいる。赤ん坊を背負い、おむつを洗濯する場面もあった。なかなかの「イクメン」ぶりである
▼親鸞が流罪となった理由は、公然と妻帯したからだともいわれる。恵信は単に妻というだけでなく、宗教活動を進める上でも欠かせない存在だったようだ。一方で、恵信の前に別な妻がいたという伝承もあるというから面白い
▼お相手は九条関白兼実の娘、玉日で、恵信はその召し使いだったという。親鸞の師、法然が結婚を勧めたとされる。大貴族の娘との結婚説には疑問を呈する声が多い。だが、これを支持する人もいる。哲学者の梅原猛さんである
▼五木さんとの対談集「仏の発見」で、こんな考えを披露している。兼実は法然に帰依していたが、俗世の悩みから精神的に「異常な状態」になり、こう考える。自分のような俗人でも、念仏によって救われるのか
▼法然は、女性を知った人間であれ、独身を守る僧であれ、念仏は同じと答える。兼実は弟子と玉日を結婚させることでそれを証明しろと迫る。そこで、お鉢が親鸞に回ってきたというのだ
▼真偽のほどは分からないが、親鸞の思想と結婚がどう結びついているのか、興味は尽きない。小説の中では、法然が亡くなった。親鸞が越後で過ごしたのは約7年間とされる。美しくもたくましいパートナー、恵信とどんな人生を切り開くのだろうか。五木さんの筆が楽しみだ。
新潟日報2011年7月10日
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2011.07.10 Sun l メディアリテラシー l top
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