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http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m07/fudo110708.htm

風 土 計

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2011.7.8

 三つの碑は、無残にも津波で全てが失われていた。1933(昭和8)年3月の三陸大津波の後につくられた「記念歌」を刻んだ歌碑だ

▼宮古市田老、田野畑村、久慈市久喜浜。7月初め、盛岡市の合唱指導者佐々木正太郎さん(80)が訪ねた。「なんとか残っていてほしい」の願いもむなしく、久慈市の碑は粉々。歌詞の一部も見つけられなかった

▼でも歌がある。大震災から2カ月目の5月11日、自ら指導する合唱クラブ「ポピー歌の会」が録音し、CD化した。記念歌は「慰霊の歌」「復興の歌」の二つ。犠牲者への鎮魂とともに復興を祈った。CDは希望者に無償配布した

▼申し込みは6月末までに73通。はがきには「戦争が始まってから歌われなくなった」「小学生のときに津波記念日に歌った」と懐かしむお年寄りのほか、被災者からは「鎮魂の歌として歌い続けたい」という決意が届いた

▼仮設住宅の建設工事などを行っている盛岡市の会社は「現場で作業の始まりと終わりに流したい」と申し込んだ。昭和の初め、悲惨な津波を乗り越える力となった歌が、平成の大津波でも再び人々を励ましている

▼寄せられた一言一言が、佐々木さんの胸を打った。共通するのは「歌の輪となって広がればいい」「歌を伝えていきたい」という思い。この歌に託す復興への願いは重い。

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