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http://www.iwate-np.co.jp/fudokei/2011fudokei/m07/fudo110707.htm

風 土 計

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2011.7.7

 徳川4代家綱の時代。1657年(明暦3)年1月、猛火が江戸を襲い、町の6割を焼き尽くした。焼死者は10万人以上に上った

▼家綱を補佐する立場にあった会津松平家の初代藩主、保科正之は、火事が収まると難民救済のため、炊き出しを指示。さらに家を失った町民に再建費用として会津藩の年収に相当する総額16万両を拠出した

▼幕閣の一部は御金蔵(金庫)が空になると反対。しかし、正之は「蓄えというものは、このような折に施し、民を安心させるためにこそある」と説得した。江戸再建に当たっては主要道路を従来の約10メートルから約18メートルに拡幅。防災用空き地として上野広小路も設置した

▼当時、世界有数の都市だった江戸の輪郭は、この時代に固まり、後に東京と改称されるまで、ほぼ同じ姿を保ち続けた。正之は為政者としてなすべきことを行った。さて、現政権はどうか

▼仮設住宅建設も町の再建計画なども各自治体に丸投げ状態だ。被災者の心に寄り添って涙を流す政治家は果たして何人いるだろう。東日本大震災から間もなく4カ月。被災地の苦労をよそに政治は、もたもたと迷走を続けるばかり

▼大火事と大震災の違いはあるが、被災者の苦難は時代を問わず、変わらない。今、政治に求められているのは正之のような英断と実行力だ。先人に学ぶべき点は多い。

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