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【編集日記】(6月22日付)

 1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災。官民挙げて支援に取り組んだ記録が県内の関係機関や自治体に残されている▼これらによると、県警から約200人の警察官が派遣され、おにぎり2個とたくあんなどを携えて奮闘したが、1人が感染症で殉職した。日赤福島支部や県も救護班を急派して傷病者の手当てを行った▼被災者の鉄道利用は無料か割引となり、乗客が列車の屋根の上にまであふれた。県内の主な駅には消防団や青年団などが待機して避難者に衣類や食料を提供した。福島市荒井・土湯には21人が帰村して避難。多くが若い女性だったという▼当時の県知事はうわさに惑わされず支援しようと呼び掛け、義援金や食料、医薬品が車や船で送られた。教科書や学用品も集められた。ただ、駅に物品が滞留し県議会が国に輸送改善を訴えた▼災害列島の日本。助け合いの精神は人々の心に根付き、阪神大震災では多くのボランティアが活躍。東日本大震災でも民間支援が力強い支えとなっている。それに比べて国の対応はなんと遅いことか▼関東大震災では発生から1カ月以内に帝都復興院が置かれた。阪神大震災では約1カ月後に復興基本法ができた。今回は3カ月以上過ぎて基本法成立。しかも具体化にはまだ時間がかかる。被災地にもっと目を向けた政治をと強調したい。
 
  福島民友新聞
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2011.06.22 Wed l メディアリテラシー l top
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