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 「記憶の小箱」というものがあるとすれば、ふたを開ける鍵は過去のヒット曲であることが多い。「ハチのムサシは死んだのさ」を作曲した平田隆夫さんが亡くなった。記事を読んで、1970年代初頭の空気がよみがえった
▼1匹の蜂が太陽に戦いを挑んで焼け死ぬ。斬新な歌詞と軽快な旋律を人々が口ずさんだのは72年のことである。この年は札幌冬季五輪で明るく始まったが、浅間山荘事件で暗転。連合赤軍の大量リンチ事件もあった。さらに沖縄返還、田中角栄内閣の誕生、列島改造ブームへと大きなうねりが続く。社会全体が騒然としていた
▼転換期の熱気の中で、蜂は巨大な権力にひとひねりにされてしまった。福島第1原発1号機が運転を始めたのは前年の71年だ。水素爆発が起きやすい型であることなどを当時から専門家が指摘していたが、その声は原発推進の勢いの前で、蜂どころか蚊の羽音程度の力しか持ちえなかった
▼あれから40年が過ぎた。原発という名の「太陽」が陰りを見せている。イタリアの「蜂」たちは大群をつくって原発回帰への道を拒否することを決めた
▼歌の中のムサシは独りぼっちだったが、21世紀の世界では、どうやらそうでもないらしい。原発に頼るのか、頼らないのか。どんな道を選ぶにも相応の覚悟が要る
▼子どもや若者たちが将来、「記憶の小箱」を開ける曲は何だろう。そして、その時思い浮かべる2010年代の様相は…。異論をひねりつぶすような過ちを繰り返さず、小さな羽音に耳を傾けながら冷静な判断を重ねたい。
新潟日報2011年6月15日
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2011.06.15 Wed l メディアリテラシー l top
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