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 【編集日記】(6月15日付)

 日独伊3カ国間のより強固な軍事的結び付きを目指し、ドイツの首都ベルリンで三国同盟が締結されたのは1940(昭和15)年9月のことだった▼日独両国の関係の深さを演出するかのように、42年7月にオット駐日ドイツ大使が来福した際には福島駅頭に児童や市民らが整列。両国の小旗を振ると、大使は右手を斜めに上げる独特の敬礼で歓呼に応えたという▼もっとも、一般のドイツ人は大使のように自由に日本国内を動けなかったようだ。上田浩二・荒井訓著「戦時下日本のドイツ人たち」(集英社)によると、太平洋戦争が始まると外国人の旅行を制約する法令が出され、当局はドイツ人も対象にしたという▼会津若松市の飯盛山には、興味ある記念碑がある。一つは28年にローマ市から贈られた碑。もう一つは35年に駐日ドイツ大使館外交官からの石碑。いずれも白虎隊士の忠誠心に感銘して建てられたが、三国同盟に至るまでの関係の良さも見てとれる▼同盟は敗戦で崩れたが、この3国に今、世界の関心が再び集まっている。東電福島第1原発での事故を契機にドイツがいち早く脱原発を決め、さらにイタリアが国民投票で脱原発策を確認した▼日本でも新たなエネルギー政策の議論が始まった。従来の政策は経済産業省が主導した。今度は国民の自由な議論により決めたらどうだろう。
 
  福島民友新聞
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2011.06.15 Wed l メディアリテラシー l top
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